息子らが日々学校からもらってくるお便り。


中学校からのお便りには、何かしらのイベントや係などになった際、生徒さんからの抱負コメントを載せているものが多く見受けられます。


先日配られたプリントにも生徒さんのコメントが載っていたので興味深く見てみると
「私は絵しか取り柄がないので…」(絵に関する係)
「みんなの足手まといにならないように…」(団体で行う別の係)

みたいな旨のコメントが結構あり驚きました。


こ、これはドイツの子が絶対に発しないであろうコメント。。。


日本には謙遜文化があります。
おそらく周りの空気を敏感に読めてしまう子は自分のことを、「そんなことないよ」「すごくないよ」と自分を謙遜したりするのでしょう。


が、謙遜と卑下は違う〜!と声を大にして言いたい。


まず、卑下しているとそこにつけ込んで変な人に狙われます!DVしてくるパートナーとか、マウンティングしてくる上司とか…。自分を守るためにも大切なことではと思います。

また「絵しか取り柄がない」と言ってしまうのも大変危険。

これは私が絵描きだからより分かるのですが、大人になり念願叶って絵の仕事を始めると、自分より絵が上手い人がゴマンといることを知り、すっかり自信がなくなってしまうのです。

そこで「こんな自分でも使ってくれるなんてありがたい」とか思ってしまうとキッツイ仕事しか来なくなってしまいます。


私の場合、運よく仕事には恵まれていたのですが、この業界に長くいる人から「そんな下手な絵でいい気になってるんじゃない」的なマウントを取られたこともありました。(ヒエ〜!)まあ、そうしたことにいちいち萎縮していると自分らしく仕事は続けられないわけで…。


つまり自己卑下していいことはゼロだと思っております。

そしてアドバイスでもなんでもない言いがかりは流す!


日本でも自己肯定力が大切だと言われてずいぶん経ちますが、中学生からすでにこうした文章とはいえ既に自己卑下するマインドになっている子がいることに心配になりました。

28.04.2021


では「自己肯定力」とは何か?


私としては、そんな大袈裟なものではなく、自分から発する言葉の表現を変えるだけでいいと思っています。

例えばドイツでは文化祭の演劇係に選ばれた人が開口一番「演劇しか取り柄がない」という言い方はまずしない。おそらくそう言ったらみんな頭に「?」マークがついてしまうほど違和感のある表現だったりします。

ドイツ語だけでなくおそらく英語でもそうだと思うんですが、こうした際にはある程度テンプレート的なものがあって「自分が選ばれたことを嬉しく思う」からの「演技が好きなので楽しくやりたい」などポジティブな表現であることが圧倒的に多い。

それでも不安があったり悩みがあることを伝えたい際には具体的にその部分を語るので、完全に人格と離れた存在であり自己卑下には全くならないわけです。


個人的には英語の授業でこうしたインタビューをする練習などすれば表現の違いに触れられて世界が広がるのでは?と感じています。

(日本人の英語が伝わりにくい理由はこのマインドの違いが大きいかなと。逆に英語の文法や単語が多少稚拙でも表現力があればかなりの確率で伝わります)


誤解して欲しくはないので言っておきますが、欧米文化を称賛したいというわけではありません。
(ドイツでは逆に言われたら言い返せないとダメだという教育方針なので、最初のうちは結構きつかったです。でも慣れてくるとそれが当たり前になってくるという…。)

ただ、活発な子だけではなく、日本の中学生の子達みんながそれぞれにもっと自分に自信を持って発言できるようになるにはどうすればいいのかとこちらに戻ってきて考えるようになった次第なのです。


極端でない謙遜や相手を思いやる心は分かるけど、「自己卑下」が日本の文化や自己表現の手段になってはいけないと思うのです。